大判例

20世紀の現憲法下の裁判例を掲載しています。

福岡高等裁判所 昭和61年(う)636号 判決

本件は,被告人が実妹渡邊千恵子と共謀して自己の経営するパチンコ店(藤田商事)の事業所得と不動産の譲渡所得等に関する所得税のみならず,父親の経営するパチンコ店等の個人事業(日の丸商事)に関する所得税をも逋脱した事犯であるところ,被告人自身の所得税逋脱だけでも,昭和56年ないし昭和58年度における実際の所得が合計11億1,316万4,422円であつたのに,税務署に申告された所得額は合計6億4,218万3,935円でその逋脱税額は合計3億5,259万6,800円もの巨額に上り,また,被告人の行為による父親の所得税逋脱についても,昭和56年ないし昭和58年度における実際の所得が合計16億6,649万1,632円であつたのに,税務署に申告された所得額は合計8億7,674万4,808円でその逋脱税額は合計5億9,127万9,000円と巨額であること,本件脱税の手段,態様を見るに,被告人及び父親の経営する各パチンコ店の売上金については,長年にわたり被告人の叔父や日の丸商事の総支配人の手によつて売上除外の方法によつて脱税が行われていてそのことを被告人も認識していたが,昭和51年8月ころから老人性痴呆症等で療養中の父親に代わつてパチンコ店の経営に関与するようになつた被告人は,昭和56年度からは自己と千惠子とで売上除外を行うことを決意してその旨千惠子に指示し,同女において被告人方に従業員によつて持参される各パチンコ店の毎日の売上金とコンピユーターの売上集計表を照合した後,その売上金の中から5パーセントないし10パーセントの低率で除外した残額を売上金として従業員に連絡して帳簿に記帳させる方法により,脱税のための売上除外を日常継続して実行し,これを従前と同じく遠隔地の大阪市や広島市等で無記名の割引債権等に替えて備蓄していたものであつて,しかも同売上集計表が焼却処分されるため脱税の摘発が困難となる狡猾なものであり,また,被告人の昭和56年度分の譲渡所得については日の丸商事の総支配人の進言によるものとはいえ,被告人の取得した山林の一部を他人名義にし,これの譲渡益についても他人名義のままで申告するという巧妙なものであること,本件売上除外による脱税が行われた主たる動機は,病身の被告人や父親ら家族の療養費用を蓄えるためというものであつて,被告人限りの個人的利得を図つたものではないが,それとても極めて利己的動機であることに変わりはなく,格別同情できる動機とはいえないこと,脱税事犯が納税者の正しい申告を前提とする申告納税制度の本旨に反するものであり,一般国民の納税意欲を阻害する反社会性の強い犯行であるというべきことに鑑みるときは,被告人の刑責には軽からざるものがあるといわざるをえず,被告人が逋脱した所得税の本税,付帯税及び関連地方税並びに修正申告にかかる他年度分所得税を全額納付し,父親においても同様全額納付していること,被告人はこれまで前科,前歴が一切なく,本件を契機にパチンコ店の経営から身を引いていること,被告人はネフローゼ症候群等を病んで療養中であり,医師の厳重な管理のもとに副腎皮質ステロイド剤の長期内服を必要とする身であること,原審で実刑の判決を受けたことに反省を深めた被告人は,贖罪のため被告人の身を案じる父親ら親族と協力して合計2億円を寄付して経済的理由により修学困難な者に対する経済援助を行うことを目的とする財団法人渡邊育英会を設立していることなど所論指摘の諸事情を被告人のために充分参酌してみても,本件については懲役刑について刑の執行猶予を付するのが相当な事案ということはできず,原判決の被告人に対する刑の量定は相当であつて,これを不当とする事由を発見することができない。

自由と民主主義を守るため、ウクライナ軍に支援を!